こんばんわ。
突然ですが、私は映画を見るのがすごく好きなんです。
特に映画館で見ることが大好きで、大きなスクリーンで、その映画にだけ集中して観ることができて、
今やサブスクリプションの時代で、アマゾンプライムビデオやNetflixなんかも自由に観ることができる時代に
やはりあの特別な空間で映画を観ることに意味があると思っています。
さて
本日は最近見た映画の中で、これは良かったと思った作品がありましたのでご紹介させていただきます。
作品紹介
作品は「花束みたいな恋をした」です。
菅田将暉さんと、有村架純さんのダブル主演の映画になります。
脚本はドラマ「カルテット」などでおなじみの坂元裕二さんです。
環境の変化に恋愛感情というものは非常に脆いものであるということ。
人間は環境の変化にも時間とともになれていきます。しかし、居心地の良かったあの空間やあのヒトとの空間はいつしかその環境の変化にのまれていってしまいます。
学校が代わるタイミングや、学生から社会人になるタイミング。
誰もが経験するそうした環境の変化のバックには、小さな心の変化があって、
最初は好きで一緒にいた者同士だったのに、なぜそうした結末を迎えるのか。
また、あの頃の気持ちをどこにぶつければ良いのかなどのもどかしさが絶妙に表現されていると思いました。
現実的か理想的か
現実的なリアリストであるか、理想を持ち続けるロマンチストであるか、すごくはっきり分かれると思います。
作中で菅田将暉演じる麦くんは、はじめの頃は現状維持が目標で、一緒にいることが幸せでという感じだったのですが、夢見ていたイラストライターという夢を捨てて、会社員として働きはじめます。お金の問題や、生活スタイルの問題など、幸せを続けるための環境を変えたはずなのにリアリズムが出てきてしまう。
「仕事だから・・」
「責任があるから・・」
一緒にいたことが最高の幸せだったはずなのに、仕事一つ変わるだけでこうも価値観って変わるのかと見ていて納得してしまいました。
一方、有村架純演じる絹ちゃんは終始、理想主義者でロマンチストなんです。あの頃のウキウキしていた気持ちとか、同棲した時、猫を買い始めた時など彼女にとっては幸せの足し算なんですよね。幸せのカタチは変わらないはずだから、仕事で変わっていってしまう麦くんとの心の距離がすごくわかりやすく離れていきます。
これは現実的に見ても皆さん共感できるのではないでしょうか?
どこかで折合いを付けて、こんなものかと納得することと、こんなんじゃなかったと、理想を追い求める方とがいるのではないでしょうか?
そういう細かいリアルが非常に緻密に描かれていて観ていて、映画なのですが非日常ではなく心の機微をリアルに描いているんだと思いました。
考えられているタイトル
タイトル
「花束みたいな恋をした」にもあるように、すでに表現が過去形なんですよね。
「恋をしている」や「〜する」のように現在も続いているようなタイトルではないんですよね。
また花束みたいなという表現で、花束は永続的にきれいなものではないんです。
花束はもらった瞬間が一番キレイのピークで、そこから時間経過とともに、色あせ、枯れて、散っていく。。そんな刹那的な一時の淡い関係を描いているのではないでしょうか?
最後にGoogleのストリートビューでかつて2人がしあわせの 絶頂だったときが載っています。
私はこれを観たときに、花束的な瞬間であり、今はもう、そこには花束はなく、楽しい思い出として2人の中にあるんだなということが分かりました。
とにかく坂元裕二さんはこういうやり口が非常にうまいんだと感じました。
別れのシーン
一番印象にあるのが2人の別れのシーンです。
ここはぜひ本編で実際に見てほしいので、あえて深く書きませんが、今の自分達と、昔の自分たちは全然違う。
きれいだったあの花束のような、どこを切り取ってもきれいな2人の時間はもう無いことをうまく表しています。
ここは絶対に劇場で見てほしいシーンです。
サブカルと時間経過がうまい
時間経過を描く上でサブカルをすごく重視している映画であると感じました。
あのときのあの曲、ゲーム、小説、カラオケなどなど
そういったサブカルの中に日常って無いですかね?
あれは、あの曲が流行った時代だったなと言うように、サブカルから振り返ることってあると思います。それを体現しています。
まとめ
いかがだったでしょうか。
あえて特別感などなく、リアルな恋愛映画を描かせたらピカイチの坂元裕二さんの脚本が心底伝わる映画になっていると思います。
また、演技のうまいキャストで揃えているのであっという間に観終わってしまいます。
劇場に言った方はぜひ感想を共有したいですね。